2024年 年末のご挨拶
こんにちは、ネッチ・ジャパンの篠田です。本年も大変お世話になりました。至らぬところも多々あることと存じますが、宜しくご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げます。
私自身、本年もまた、忙しい年となりました。老骨に鞭打って、ポーランド、フランス、スペイン、ドイツ、韓国、シンガポールと、世界中を飛び回りました。それ以外の国々とも、Web会議が頻繁にあり、その多くが薄膜の熱物性測定に関するものでした。直接の担当である、弊社のつくば事業所所長と、忙しい年を過ごしました。
以前ですと、狭い飛行機の中で十五時間近く縮こまっているのはなかなかしんどかったのですが、最近ではだいぶ慣れました。それでもエコノミー席を辛い抜いております。根が貧乏性なのもそうですが、ビジネスクラスをあきらめることにより、もう一人分の社員に渡欧の機会をあげることができるためです。強い軍隊では、上官は必ず兵隊と同じメシを食べなければなりません。旧陸軍の寺内元帥のように、南方で必ず毎回違うメニューのフランス料理を所望するのはダメです。(いや、会社って軍隊じゃないし)また、航空券は必ずHISを通すことにしておりまして、これはルフトハンザでミュンヘン空港が雪に閉ざされてキャンセルになったときの対応がひどかったためです。AIの応答で、全然らちがあかず、ストレスマックスでした。特にアフターサービスは、例えつたなくても人間対人間でなければいけないと思いました。
国内でも、ときどき出張に御呼ばれすることがあるのですが、これは主にLFAの特殊なご要求によるものが多く、ついでにご当地を少し散策するのも楽しみの一つです。先日、四国にいったついでに、海をみたいと言って海岸そばの公園に一時寄ってもらったのですが、どうも弘法大師空海様のゆかりの地のようで、とても良い雰囲気のところでした。海岸寺、という標識をたよりに東京に帰ったあとに調べたのですが、これが何と空海様の生誕の地、と呼ばれたところなんですね。ところが江戸時代に入って、同じく生誕の地を標榜する善通寺からクレームが入って、おかみの裁定により、母の縁の海岸寺よりも、父の縁の善通寺が生誕の地であろうということになったそうですが、真実はどんなもんでしょうか?
私が幼少のころは、近くに(こちの)駅という駅があって、大きな筆のモニュメントがありました。習字が上手になるように、筆祭りがおこなわれていたのですが、そこで高木桑風先生と言う、日展の審査委員をしておられた書道の大家に、ひらがなを教わりました。考えてみると、子供の頃から先生にはめぐまれていたのですが、先生の方にしてみると弟子に恵まれなかった、ということになります。もちろん、私のことです。はい。
で、出張のはしごで、その次に東海のある都市に泊まったのですが、何と、ざわざわして一睡もできませんでした。音はしないのですが、いつも大地震がおきる前に感じる、あの嫌な感じです。多少うなされるくらいのことがあっても、一睡もできない、というのは今回が初めてでした。東日本大震災の直後には、あちら方面のネッチのユーザー様全てに安否を確認し、熊本大地震のときには、装置のチェックを全て無償で対応させて頂きましたが、最近はお客様の数もおかげさまで大分増えて参りましたので、今度はそういかないかもしれません。
これは政府としてもときおり警告を発していることでもございますので、装置の固定など、何卒平時から安全確認の程お願い申し上げます。
最近は、ドイツ本社の開発に意見を求められることも多くなりました。そのようなときに良く指摘するのはタイガー戦車とソ連のT-34 の比較です。ティーガーは、キルレーショは10:1で凄いんだけれども、転輪が千鳥配置だろ、後ろの転輪を交換するのに前も全部外さなければならないだろ、これが頑丈だけれども、メンテのことを考えていないドイツ設計の欠点だよ、そう申し上げるのです。そうすると解ってもらえ(?)ます。飲みの席でのせると、パンツァーリートも歌ってくれます。4番でしたっけ、Wir suchen uns Wege, Die keiner sonst fandこれが私の信条だ、っていうと感心して打ち解けてもらえます。
さて、年末は、ゴールデンカムイのドラマ版を家族で見て過ごす予定です。家族でこたつ+みかん+ワイドスクリーンでゴールデンカムイ、至福のひとときです。家永、姉畑(ドラマであるのかな?)、親分+姫(そもそも放送できるのかな?)楽しみです。
あと、ヤリーヴ-イェーの光エレクトロニクスも読まなければなりません。息子が来年より、レーザー研究が盛んな大学の大学院に入ることになりまして、私にも勉強しろって言うんです。ファイバー融着機でつないだり光学系の組み立て、調整したり、実技はそこそこやりましたので、ここで系統的に学び直すのも良いかな、と思います。大学のときの霜田光一先生の授業を思い出しますが、大学の時より頭に入りやすい気が致します。
あらためまして、本年も大変お世話になりましたことを深く御礼申し上げます。
来年もまたネッチ・ジャパンを宜しくお願い申し上げます。