やましい話

2026.03.27

こんにちは、ネッチ・ジャパンの篠田です。皆様元気でお過ごしでしょうか?

 

ロシア=ウクライナ戦争、イスラエルと周辺諸国の緊張に加えて、イランによるホルムズ海峡の機雷封鎖予告など、どんなに能天気な人でも先行きに不安を覚えずにはいられない昨今です。
そんなとき役に立つのは、先人が日本の危急存亡の時期にどう考え、どう行動したか。私がよくひもとくのは、勝海舟の「氷川清話」、最近では松岡洋右氏の「東亜全局の動揺」、そして戦前のジャーナリストの池田林儀氏(親戚ですが)の著作です。
おそらくは、皆様が読まれたことがあるのは「氷川清話」だけだと思いますが、それもそのはず、「東亜全局の動揺」はGHQにより発禁処分、池田林儀氏は戦犯にされかかったのですが、GHQの中の友人のおかげで助けられる代わり、以後の著作活動を禁じられたと聞いています。戦前は優生運動に携わり、ワンダーフォーゲル運動の日本での草分けでした。
今回はこの中で皆様にもっともなじみの深い、「氷川清話」の中でもっとも印象に残った話を紹介します。

 

(大意)
江戸の当時、海舟の父の知り合いに行者がいて、彼の祈祷で「富くじ(今の宝くじ)」が当たると大変な評判になっていた。一時は大変ないきおいで、肉食妻帯、間男もやりたい放題だった。ところがあるときから当たらなくなって、運命は急転直下、晩年はすっかり落ちぶれて、汚い長屋にすんでいた。
昔のよしみで見舞いに行った海舟に、喜仙院(その行者の法名)は、教訓を授けた。それによると彼の祈祷が効かなくなったのは、二つの出来事が原因である。

 

一つ目は、ある婦人が祈祷を頼みにきたが、素敵な美人であったので口説きおとして、それから祈祷をしてやった。当たってお礼にきたのでまた口説こうとすると、鬼のような形相で、不義をはたらいたのは夫に富くじを当たらせてあげたいとの切ない心からで、「またも不義をはたらかすのか、この不届き坊主め。」と言われ、そのときの目玉と叱り声がつくづく身にしみた。

 

もうひとつ目は、精をつけるために、生きた“すっぽん”を料理しようとしたとき、“すっぽん”が首を持ち上げて大きな目玉でにらんだ。なあに、包丁で切り落としたが、そのときのことがずっと気にかかった。
この二つのことがいつも気にかかるようになり、それから祈祷が当たらなかった。自分の中にとがめる心があるならば、ものごとが成就しなくなる。海舟はこれを聞いて忽然として悟ることがあり、生涯このことを座右の銘とした。
(多少はしょりましたので、原文を見て下さいね。)

 

私もこのことは非常に納得するものがあり、特に25年前にネッチの仕事を始めて以来、海舟同様いつも思い起こしていることです。目先の利益に目がくらんで物事の筋道を曲げたりしない、これはとても大切なことだと思います。
派手な成功がない代わり、着実に物事を進めていくのが自分の流儀です。誤差の範囲であるものの、心にひっかかりが出来るようなこと、やましいことは普段からしない。これはいざ勝負となったときに勝敗の分かれ目となると思います。私も商売繁盛のお護摩を焚くこともございますので、喜仙院さんのようにならないようにしたいと思います。

 

これから世の中は大変な試練に見舞われると思いますが、これを乗り切る上で、皆様も何か得るところがあるのではないでしょうか?

 

 

追記:ブログ編集担当より
社長は、先日昼食のインスタントラーメンの残り汁(よく麺の切れ端がちょこちょこ残っている)を共用の流しに捨てるのが “やましくて”、「残った麺スープ 固めてポン」という商品を持参されておりました。

 

どうやら、その一件が今回のブログのネタのきっかけになったそうです。

 

なお、その話を聞いた女性社員からは、
「やましさ以前に、まず早く捨ててください。」と、
たいへん現実的かつ的確なご指摘が入っておりました。

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